多次元は同時に存在するといわれます。
 
 
次元を‟良い悪い”で見てはいけません。
次元に高い低いはあっても、
優劣というものはなく…
 
どの次元が好きか。
あくまでも個人個人の‟好み”の問題。
 
 
同じ時間・同じ場所(空間)にいても、
住む次元が異なれば、
次元の異なる者同士が結びつくことは
そう滅多にありません。
 
物理的に、
たとえ一時的に接することはあっても、
その関係が続くことはないのです。
 
よって
‟衝突”は起こりません。
 
 
 
争うのは同じ土俵に立っているから。
同じ次元の住人だから。
 
 
住む次元が異なれば
目にも入ってこない。
 
‟気にもならない”ということです。
 
 
 
人は
‟自分が見たいもの”だけを見ます。
 
 
今いる世界の居心地が良いなら
ずっとそこに居続ければいいし、
 
気持ち悪さ違和感を覚えるなら、
その世界は
自分には合っていないということ。
 
 
 
では
その不快な世界から脱出するには
どうすればいいのでしょう。
 
 
まずは
思考を変えてみること。
 
自分の‟思考”が変わらないかぎり、
いくら環境を変えても、
新しいことを始めても、
また同じ景色を見るだけ。
 
 
 
今いる世界で・・・ 
 
 
自分の目に映る世界は
自分で存在させている世界。
 
言い換えれば
 
自分が今いる世界は
自分が選んだ世界。
 
 
 
内の世界が変われば
外の世界は変わる。
 
心の置き所が変われば
見える景色は変わる。
 
そして・・・
 
 
自分が存在したい世界で
存在できる。
 
 
 
私は今、
これまでに植え付けられてきた
‟私を拘束している思考”を、
 
1つずつ…
 
1つずつ…
 
取り外していっている‟最中”
 
なのです。
 
 
‟フーディーニ”のように・・・
 
 
 

2020.10.27
KANAME

 
 
 
 
 
多次元は同時に存在するといわれます。
 
 
次元を‟良い悪い”で見てはいけません。
次元に高い低いはあっても、
優劣というものはなく…
 
どの次元が好きか。
あくまでも個人個人の‟好み”の問題。
 
 
同じ時間・同じ場所(空間)にいても、
住む次元が異なれば、
次元の異なる者同士が結びつくことは
そう滅多にありません。
 
物理的に、
たとえ一時的に接することはあっても、
その関係が続くことはないのです。
 
よって
‟衝突”は起こりません。
 
 
 
争うのは同じ土俵に立っているから。
同じ次元の住人だから。
 
 
住む次元が異なれば
目にも入ってこない。
 
‟気にもならない”ということです。
 
 
 
人は
‟自分が見たいもの”だけを見ます。
 
 
今いる世界の居心地が良いなら
ずっとそこに居続ければいいし、
 
気持ち悪さ違和感を覚えるなら、
その世界は
自分には合っていないということ。
 
 
 
では
その不快な世界から脱出するには
どうすればいいのでしょう。
 
 
まずは
思考を変えてみること。
 
自分の‟思考”が変わらないかぎり、
いくら環境を変えても、
新しいことを始めても、
また同じ景色を見るだけ。
 
 
 
今いる世界で・・・ 
 
 
自分の目に映る世界は
自分で存在させている世界。
 
言い換えれば
 
自分が今いる世界は
自分が選んだ世界。
 
 
 
内の世界が変われば
外の世界は変わる。
 
心の置き所が変われば
見える景色は変わる。
 
そして・・・
 
 
自分が存在したい世界で
存在できる。
 
 
 
私は今、
これまでに植え付けられてきた
‟私を拘束している思考”を、
 
1つずつ…
 
1つずつ…
 
取り外していっている‟最中”
 
なのです。
 
 
‟フーディーニ”のように・・・
 
 
 

2020.10.27
KANAME